2014年01月13日
風之宮の伝説

ずっと昔のお話です。
浜名湖岸の鷲津村に、大層仲のよい数人の漁師がいました。
波の静かなある晩のことです。
「今日はよい日だ、きっと大漁だぞ・・・」と言いながら、威勢よく
舟を漕ぎ出しました。
いつもの漁場に着き、網を入れようとする頃、急に生ぬるい風が吹き
始め、先程まできらきら輝いていた星も、真っ黒な雲に隠され、雷鳴
と共に大粒な雨が降り始めました。
その上、風は益々強く今まであれほど静かであった湖が、今は荒海に
一変し、漁師たちは木の葉の揺れる舟の横木にしがみつき、ただ一心
に神仏に祈るほかはありませんでした。
暫くすると、舟はまるで何かに引かれる様に、真っすぐに村の方向へ
吸い寄せられたのです。
「ああ有難い、これで助かった」「不思議な事もあるもんだ」「長年
漁師をして居て、こんな大時化に逢うとは初めてだ」など口々に言い
合いながら、ホッと一息ついて居ると、大きな落雷と共に風はピタリ
と止み、山の手の方が急に明るくなったかと思うと、体から五色の光
を放つ立派な若者が一人、しずしずと現れました。
漁師たちが驚き呆れていると、鎧を着たその武者が一人、静かに言い
ました。
「驚かせて済まなんだ。今の時化はわたしが起こしたのだが、まあと
にかく一緒について来て呉れないかね」と言い、物腰が落ち着いてい
て少しも危害を加えるようには見えないので、漁師たちも安心し、若
武者に導かれる侭に、山に登って行きました。
暫くして一行は平地に出ました。
若武者を上座に今は誰も無口な漁師たちが居並ぶと、若武者はスック
と立ち、右手を高く何やら呪文を唱えると、どこからともなく、珍し
い料理や熱燗のお酒が現れ、漁師たちの前に次から次へと並びました。
丁寧なこの接待に、先程の時化の恐ろしさをすっかり忘れてしまった
漁師たちは、遠慮なしに飲んだり食べたりして宴会も中程の頃、若武
者が「その侭でよいから、よく聞いて呉れまいか」と、静かな口調で
語り始めました。

「今ここで私の身分を明かすことは出来ないが、実は向こう岸の舘山
寺の大草山に、私の仇がすんでいて、私を殺そうとしてこれまで何度
も戦ったが、いつも引き分けで終わっていた。
今度また戦う時が近付いたから、あんた達に加勢を頼みたくて、ここ
に来て貰ったのだよ」と、例の静かな口調で言った。
漁師たちは暫くは顔を見合わせてはいたが、若武者の人柄が上品であ
り「よしやろう」と、うなづき合いました。
すると又もや、鎧や刀、立派な弓などが何処からともなく、漁師たち
の前に飛んできました。
「もうすぐ敵が来る。それでは頼んだよ」と言うと、若武者の姿はパッ
と消えて、周は一瞬真っ暗になってしまいました。
やがて湖上は又も大荒れとなり、嵐となりました。
すると、北東の方向から二つ並んだ光の玉が見る見る中に大きくなり、
大皿ほどの大きさになりました。
ふと見るとこちらの山の頂上にも、大皿ほどの光の玉が二つ並び、それ
が次第に近付いてきて、湖岸の光と睨み合う様子であることに漁師の誰
もが気付きました。
湖岸に留まっていた敵と思われる二つの玉は、だんだん山を登ってこち
らに近付き、それが長さ五十メートルもある大百足であり、やまの頂上
から下りてきた火の玉も、同じ程の長さの大蛇で、二つ並んだ火の玉は、
双方の目玉であったのです。
双方の巨体は、互いに隙を窺い乍ら次第に距離を縮め、そして同時に飛
びかかり、大乱闘となり、その物凄さは、何とも言葉では言いあらわし
ようの無い有様です。
双方血まみれのこの激闘が果てもなく続き、何時止むのかわからなかっ
たが、やがて大蛇の方が先に疲れ、大百足の為に噛み殺されそうに見えた。
その時まで、木の木陰に隠れ、呆然として観戦するだけであった漁師たちは
、漸く正気に帰り「さあ、やるぞ」と叫んで弓に矢をつがえ雨のように射立
てたのです。
全身に矢を受け針鼠の様になった大百足の一番の痛手は、二つの目玉の双方
に、数本づつの矢を受けて盲になったことでしょう。
流石の大百足も遂に力尽き、最後のもがきを見せると、大きな地響きと共に
倒れ、そのまま絶命してしまいました。
「ああよかった。これでよかった」と言い、互いに顔を見合った漁師たちの
前にスーッと現れた若武者の全身は血まみれの姿で、荒い呼吸をしながら
「皆の衆、ご苦労さまでした。

御蔭で私も助かったし、長年の敵を仕留めることもできて、
これで湖も静かで平和な元の姿に戻るだろう」とのねぎらいの言葉に、漁師
の誰かが「それでは、あなたはさっきの大蛇ですか」と尋ねると、
若武者は微笑みながら、「いや、私は風の神でこの湖水の守り神だが、悪い
百足を退治するため、大蛇に変身して戦ったのだよ。
幸い皆の衆の助けで、目的が達せられた。その御礼にきっと大漁にして上げ
ようし、時化に逢っても助けて上げよう」と言うと煙のように消えてしまっ
た。
漁師達は急いで枯木を集め、百足の骸を焼いてその灰を穴に埋め、あとの祟
りを封じた。
その後はこの漁師達、いつも大漁に恵まれ、時化に逢っても、お祈りをすれ
ば無事に家に帰ることができたそうです。
この話が村中に拡がると、それでは風の神のお宮を建てようと言うことになり
、資金もすらすら集まって、その山の頂上に風の神の祠が建ちました。
これが鷲津の「風の宮神社」のご由緒であります。
この山は昔は鷲津半島の尖端に近く、相当の高さであったが、山を取り払って
平地となり、風の宮神社は元の場所から、300メートル程の現在地の山にお移
りになったのです。
※参考文献:「湖北・湖西の民話と史話101話より
Posted by 鈴木@SHOPS案内人 at 20:00│Comments(0)
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