2022年09月16日
身はここに 心は信濃の善光寺

善光寺は、長野県長野市元善町にある無宗派の単立仏教寺院です。
住職は「大勧進貫主」と「大本願上人」の両名が務め、本尊は日本最古と伝わ
る一光三尊阿弥陀如来で、絶対秘仏です。

山号は「定額山」で、山内にある天台宗の「大勧進」と25院、浄土宗の「大本
願」と14坊によって護持・運営されてます。
「大勧進」の住職は「貫主」と呼ばれ、天台宗の名刹から推挙された僧侶が務めて
ます。
「大本願」は、大寺院としては珍しい尼寺です。
住職は「善光寺上人」と呼ばれ、門跡寺院ではないが代々公家出身者から住職を
迎えています。(浄土宗では大本山善光寺大本願の法主)。

『善光寺縁起』によれば、御本尊の一光三尊阿弥陀如来は、インドから朝鮮半島
百済国へとお渡りになり、欽明天皇13年(552)仏教伝来の折りに百済から日本
へ伝えられた日本最古の仏像といわれております。
この仏像は、仏教という新しい宗教を受け入れるか否かを巡る崇仏・廃仏論争の
最中、廃仏派の物部氏によって難波の堀江へと打ち捨てられました。
その後、信濃国国司の従者として都に上った本田善光が信濃の国へとお連れし、
はじめは今の長野県飯田市でお祀りされ、後に皇極天皇元年(642)現在の地に
遷座されました。
皇極天皇3年(644)には勅願により伽藍が造営され、本田善光の名を取って
「善光寺」と名付けられました。

特徴として、日本において仏教が諸宗派に分かれる以前からの寺院であること
から、宗派の別なく宿願が可能な霊場と位置づけられている。
また女人禁制があった旧来の仏教の中では稀な女性の救済が挙げられる。
三国渡来の絶対秘仏の霊像と伝承される丈一尺五寸の本尊・一光三尊阿弥陀如来像
が本堂「瑠璃壇」厨子内に安置されてます。
その姿は寺の住職ですら目にすることはできないとされ、朝の勤行や正午に行なわ
れる法要などの限られた時間に金色に彩られた瑠璃壇の戸張が上がり、瑠璃壇と
厨子までを拝することが通例とされる。

数えで七年に一度の御開帳には、金銅阿弥陀如来及両脇侍立像(前立本尊)が絶対
秘仏の本尊の分身として公開される。
また、日本百観音(西国三十三所、坂東三十三観音、秩父三十四箇所)の番外札所
となっており、その結願寺の秩父三十四箇所の三十四番水潜寺で、「結願したら、
長野の善光寺に参る」といわれている。
Posted by 鈴木@SHOPS案内人 at 17:58│Comments(0)
│西国三十三所観音霊場