犀ヶ崖の名前の由来。
昔、ある時、この地方に長雨が続き、その上、風さえ吹き荒れてました。
人々は戸を固く閉ざして、家の中で小さくなってました。
雨と風は幾日も幾日も続き、そして一日、今までより一段と風雨が激しく
なって山や谷は悲鳴のような叫びをあげ、小さな家など吹き飛ばされ、
家の中の戸障子まで震え動いていたほどです。
しばらくして風はおさまり、雨もやんで空が明るくなり、やがて日の光さえ
のぞいてきました。
人々はほぅとして戸を開けて外へ出ました。「いやどえらい吹き降りだったのう」
などと互いに話し合いながらあちこち見回ってますと、木が折れたり倒れたり
してるばかりか、なんと大きな谷がぽっかり口を開けているではありませんか。
みんなが集まって来て「それにしてもちょっくらの間に、こんなに深い崖が
よくも出来たもんた」「これは犀という獣が土の中から飛び出したにちげえねえ。
なんでも、こんなに具合になるちゅう話を聞いたことがあるだ」ということで、
だれと言うとなくその谷を「犀ヶ崖」と呼ぶようになったといいます。
これが江戸時代の「曳馬拾遺」という本に出ている、犀が崖の由来です。
浜松と三方原の「堺の崖」が「サイが崖」になったともいいますが、実際には
犀ヶ崖は、ずっと古い時代に三方原台地の一端が水食によって陥没して出来た
ものです。
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