江戸時代の「観音巡礼」の満願供養仏by安養寺
江戸時代、庶民に「観音巡礼」が広まり市野村の村人の中にも「西国三十三所」
「坂東三十三所霊場」「秩父三十四ケ所霊場」を合わせた百観音霊場を巡礼した
人が現れました。
この百観音巡礼を無事に巡拝した記念に満願供養仏を造立する事が流行りました。
墓域の入り口にある六地蔵の右側に置かれている満願供養仏は、年代は違いますが
三体あり一番古いものは徳川8代将軍吉宗公の時代のもので、台座には「元文五庚
寅年利性贒益上座六月初九日」「奉納西国秩父坂東百ヶ所光■」と刻まれてます。
仕事の休みを調整しながら、西国三十三所で次の先達ランクUp&坂東・秩父観音
霊場参拝中の自分としては、無心になって手を合わせてお参りしてると巡礼の先人
と満願供養仏から「最後まで頑張れ」と応援をいただいてる心境になります。
安養寺の場所は、
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