西国三十三所巡礼の番外札所「華頂山 元慶寺」

西国三十三所巡礼番外札所の2つめは、京都市山科区にある「華頂山 元慶寺」です。
京都市山科区にあるお寺で、政争に巻き込まれた花山天皇が御髪をおろし、仏道へ
歩み始めたお寺として知られています。
花山法皇については「大鏡」や「古事談」などに多くの記述がありますが、当時の
人々からは「内劣の外めでた」と評されたと伝わり、女好きで高御座に女官を引き
入れて行為に耽った話が伝えられるなど評価は決して良くなく、最後には家臣に
騙されて1年10ヶ月という短期間で天皇の座から退いてしまいます。
一方で和歌をはじめ芸術的な面での評価は高く、様々な和歌集で多くの和歌が見られ
るほか、三十三所のご詠歌は巡礼の途上で花山法皇が詠まれたものと伝えられています。
出家後の花山法皇は圓教寺に入り、その後は比叡山や熊野などで修行をしたことが伝え
られ、仏道に強く帰依されていました。
詳細なエピソードはこちらの紙幅では紹介しきれませんが、ひとつひとつのエピソード
を浚っていくと、政治的な後ろ盾が無かった花山法皇の苦しい立場とともに、純粋で
感性の豊かなお人柄であったのではないかと感じ入ります。