山伏塚
東馬郡に山伏塚と呼ばれていた祠がありました。
全国で英雄達が群雄割拠していた戦国のことでありました。
勧進と修行のため山伏の一行が全国行脚をしていました。
その一行が当地にさしかかりました。
すると、その山伏一行の先達が、にわかに病にかかり帰らぬ人となりました。
山伏達は嘆き悲しみましたが、先達の志をつぎ街道の一隅に小さな祠を建て
て手厚く供養して旅立って行きました。
そしてその五、近所の住民たちたちは、山伏の死をあわれに思い月の15日
を命日として供養しておりました。
いつしか大木が繁り人々は山伏塚と呼ぶようになりました。
※参考文献:わがまち文化誌「浜風と街道」
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